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NFCとは、Near Field Communicationの略称であり、ICカードや携帯電話など、さまざまな機器間で無線通信を行うための技術のことである。ベースとなっているのが非接触ICカードで用いられている通信方式であるため、非接触ICカードの通信を、カードだけでなくさまざまな機器に拡張させた仕様、と説明されることも多い。そこで、まずは非接触ICカードのおさらいから始めたい。 非接触ICカードは、その通信距離などによりいくつかの種類に分けられ、それぞれISO/IECによって国際標準規格が定められている。数mm程度の距離で通信を行う「密着型」、10cm前後の距離で利用する「近接型」、70cm程度の距離まで利用できる「近傍型」、1m以上の距離で利用することを想定する「遠隔型」に分類される(図表1)。
これらの中で、我々の日常生活で最もよく利用され、NFCとも関連が深いのが、近接型の非接触ICカードである。
ISO/IEC14443で規格化されている近接型の非接触ICカードは、さらに2種類に分かれ、Type AおよびType Bと呼ばれている。Type Aは世界中で利用されており、日本ではたばこ成人識別カードの「taspo(タスポ)」や入館証などに用いられている。NXPセミコンダクターズのMifare等の製品が有名である。Type Bは、特定の企業の特許に依存しないことから、公的機関のサービス用途として利用されることが多く、国内でも運転免許証やパスポート、住民基本台帳カード等に利用されている。 では、SuicaやEdyなどに用いられている非接触ICカードはというと、これらはソニーのFeliCaというカードである。FeliCaはISO/IEC14443には採用されていないが、日本においては電子マネーや交通乗車券などで広く利用されており、海外でもシンガポールや香港などでの導入実績がある。

NFCの標準化と併せて、ソニーとフィリップスは2004年にNFC Forumを立ち上げ、実装およびサービス化のための標準作りを進めている。現在、NFC Forumにはソニーを始め、フィリップスからMifare事業を引き継いだNXPセミコンダクターズ、NTTドコモ、ノキア、VISAなど140社以上が参加している。
NFCは無線通信の技術であるから、その適用先としてはPC、テレビなどの家電製品や看板、ポスターに至るまで、さまざまな機器が考えられる。その中でも特に期待が高まっているのが携帯電話であり、NFC Mobileと呼ばれることも多い。
NFC Forumでは、携帯電話へのNFCの搭載方法として、以下の3種類のモデルを提示している。これらは、決済や交通乗車券など、セキュリティを確保する必要があるアプリケーションをどこに格納するか、という観点で検討されたものである(図表3)。
これら3つの方式は、携帯電話端末メーカー、サービスプロバイダー、通信事業者の3社の視点で見たときに、それぞれビジネス上のチャンスが異なる。
おサイフケータイにおけるフェリカネットワークスのように、セキュリティ領域の管理機能を保有することにより、その領域を他社に貸与するとういうビジネスが生まれると考えられるからである。

(1)の端末内部にアプリケーション領域を確保するタイプの場合、携帯電話端末メーカーにそのビジネスチャンスが生じる。日本では、通信事業者へのOEMという形で携帯電話端末が開発されることが多いが、海外ではノキアやサムスン電子、最近ではアップルなどメーカーが独自に端末を開発し、複数の事業者に提供することが多い。従って、端末内部にセキュリティ領域を作ることで、メーカーが領域管理の主導権を握ることができる。
(2)の外部メモリにアプリケーション領域を確保する場合は、外部メモリに領域が作られるため、さまざまなプレーヤーがその領域を他社に貸与することが可能になる。例えば、銀行などが決済アプリケーションを搭載したメモリカードを開発し、余った領域を他のサービスに開放する、といったことが可能になる。
(3)のSIMカード上にアプリケーションを搭載する方式では、通信事業者が主導権を持つ。もともとSIMカードは携帯電話の番号などを格納するために利用されているものであり、事業者が管理している。よって、ここにNFCのアプリケーションを載せるためには、事業者との交渉が必要となる。
このような背景から、いずれの方式が主流となるかについては、特に端末メーカーと通信事業者との間での綱引きがあった。しかし、世界中の800以上の事業者が加盟するGSM Associationが、NFCの方式として(3)を推奨することを発表した。端末メーカーも、事業者に逆らい続けることはできないため、(3)の方式が主流となることが確定的である。

NFCには、大きく分けて3つの機能がある。
第一に、NFC対応機器間で無線通信を行うPeer to Peer機能だ。とはいえ、数百kbpsというやや低速の通信となるため、アドレスデータの交換や画像のやり取りなど小容量データの送受信や、Bluetoothなどのより高速なデータ通信のための最初の機器間認証を簡単に行う、といった用途が想定されている。第二に、NFC対応端末で、ISO/IEC14443やFeliCa等のICカードを読み書きするリーダ/ライタ機能である。この機能を利用したサービスとして、「電子ポスター」が注目されている。これは、ICタグをポスターに埋め込み、それをNFC対応の携帯電話で読み取っていろいろな情報や割引クーポンを取得する、というサービスである。日本でもソフトバンクやKDDIが、ショッピングモールや書店で電子ポスターのトライアルを行っている。また、電子マネーの残高を読み取って確認したり、将来的には携帯電話を店頭の決済用端末として利用する、といったことも検討されている。

第三に、非接触ICカードと同様、電子マネーやクレジットカード、乗車券、社員証などとして利用する機能がある。これは「おサイフケータイ」と同じサービスで、特にNFC Mobileにおいてはこの機能が最も注目されている。VisaやMasterCardなどの国際決済ブランドが、世界各国でNFCを用いたクレジット決済の実証実験を行っているほか、ロンドン、ニューヨーク、シンガポールなど大都市の非接触IC交通乗車券もNFCへの対応を検討し、実証実験を行っているところが多い。

NFCは世界中で注目され、実証実験が行われているが、正式なサービスとして提供されている例はまだほとんどない。
その理由の1つとして、上述したセキュリティ領域の配置場所が未確定であったことがある。SIM搭載型のNFC端末は、商用販売されている機種がまだない。さらに、SIMへのNFCの実装については、仕様が完全に定まっているわけではない。そのため、携帯電話機との互換性の問題が起きる可能性があるとも言われている。
そして最大の理由は、NFCで稼ぐビジネスモデルがはっきり描けていない、ということである。セキュリティ領域を貸与するビジネスや、そこへアクセスし、情報を書き込むシステム「TSM」(Trusted Service Manager)の運用にビジネスチャンスがあり、その領域への参入を図っている企業は多いものの、既に参入過多の様相も呈している。店頭のリーダ/ライタなどインフラ投資も必要となるが、その投資の担い手を探すのも大きな課題となっている。

日本固有の課題としては、既存のFeliCaインフラとの共存や置き換えをどのように進めるか、という議論が不十分であろう。既に百万台近いFeliCa対応リーダ/ライタが、日本中の店舗や自動販売機に設置されている。これらをNFC対応に置き換えるのか、置き換えるとしたらどのくらいのコストと時間がかかるのか、という議論が不足しているように見える。

さらに、日本国内でNFCのサービスが始まってからしばらくは、
(1)既存のおサイフケータイ(FeliCaのみ対応)
(2)海外製のNFCケータイ(Type A/Bのみ対応)
(3)国内製のNFCケータイ(FeliCa、Type A/Bに対応)
というように、いくつかの種類の端末が混在する期間が生じると懸念される。
海外の端末メーカーは、世界のマーケットを対象にビジネスをしている。そのため、日本でしか利用されていないFeliCaに、わざわざ対応する海外メーカーはほとんどないだろうと想定される。
冒頭のiPhoneに関する憶測での大きな誤解は、「NFCに対応していれば、TypeA/BやFeliCaの差異を吸収できる」というものである。実際には、NFC対応の機器であっても、必ずしもTypeA、B、FeliCaの全ての通信方式に対応していなければならないわけではなく、FeliCa方式に対応していなければ、FeliCa向けに用意されたアプリケーションは扱えないのである。自分が持っているケータイや利用しようとしているサービスがどの方式に対応しているのかは、一般の利用者には判別しにくいため、混乱を招く可能性がある。
しかし、それでもNFCのサービス化はもう秒読み段階に入っている。ソフトバンクはすでに2008年からNFCでの決済や電子ポスターのトライアルを行っており、KDDIも2010年に、決済や電子ポスターのほか、電子チケットや運転免許証の利用などのトライアルを開始した。サービスの国際展開についても検討が進んでおり、両社は韓国の大手通信事業者であるSK Telecomと、NFCでの提携を発表している。また、NTTドコモも世界中のさまざまな業界団体への仕様提案を進めている。早ければ2012年にも、日本でのNFCサービスが開始されることになると見られる。
NFC Mobileは日本発のおサイフケータイがグローバル化により進化したサービスである。このサービスが、日本でも着実に立ち上がり、かつ、海外においても新たな市場を主導していけるよう、関係各社のより戦略的、具体的な議論が望まれる。